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情報漏えい原因調査レポート No.008

日本経済新聞社の開発用クラウドから、183万件の個人情報はなぜ漏れたのか

システム開発に使うクラウドサービスに入るための認証情報が盗まれ、10月7日の未明から朝にかけて、クラウドに保管していた約183万件の個人情報が外に出た。日経BPの利用者の情報も含まれ、テレビ東京なども自社の利用者の情報が含まれる可能性を発表した。経緯と漏えいの範囲、認証情報を守る方法を、公開情報で整理する。

2026年10月26日 公開KEYRING編集部2026年10月26日時点の公開情報にもとづく読了の目安 約30分
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数字で見る今回の事案

出典は各数字の下に記載
漏えいした個人情報
約183万件

10月16日時点。クレジットカード情報は含まない(日本経済新聞社)

氏名や住所などを含むもの
約15万件

氏名・メールアドレス・住所・電話番号・生年月日のいずれかを含む。うちメールアドレスを含むのは約12万件

識別子だけのもの
約168万件

単体では個人を特定できない識別子のみ(日本経済新聞社)

日経BPの利用者の分
約80万件

183万件の内数。氏名などを含むのは約5万件、識別子のみが約75万件(日経BP、10月21日)

不正アクセスから委員会への報告まで
4日

10月7日未明〜朝に不正アクセス、11日に個人情報保護委員会へ報告、16日に公表

日経の公表から日経BPの発表まで
5日

10月16日に日経が公表し、21日に日経BPが自社の利用者の分(約80万件)を発表した

エグゼクティブ
サマリー

  1. 入口は、開発用クラウドの「認証情報」だった。日経は、システム開発に使うクラウドサービスにアクセスするための認証情報が「何らかの手段で窃取された」と発表した。第三者はこの認証情報でクラウドに入り、保管されていた個人情報を持ち出した。
  2. 認証情報の種類と、盗まれた経路は公表されていない。IDとパスワードなのか、プログラムが使うアクセスキーやトークンなのか、多要素認証がかかっていたのかは明らかにされていない。クラウドサービスの事業者名も公表されていない。
  3. 開発用の環境に、利用者の個人情報が置かれていた。漏えいしたのは「クラウド上に保管していた個人情報」で、約15万件は氏名やメールアドレスなどを含んでいた。日経BPは自社の利用者の情報が約80万件含まれていたと発表し、テレビ東京・BSテレビ東京と日経HRも、利用者の情報が含まれる可能性があると発表した(日経HRは報道による)。
  4. 人のログインと、機械の鍵の両方を守る必要がある。人のログインには、パスキーなどフィッシングに強い多要素認証を。プログラムが使う鍵には、短い有効期限、最小限の権限、漏れたらすぐ無効にできる仕組みを。個人情報保護委員会も10月7日の注意喚起で、フィッシングに強い多要素認証と不要な個人データの消去を例示した。
  5. 日経では別の不正ログインの公表もあるが、本件との関係は公表されていない。日経は2025年11月に、社員の私物のパソコンがウイルスに感染してSlackの認証情報が流出したと公表し、2026年10月4日には、Microsoft 365とGoogle Workspaceへの不正ログインを公表している。

1はじめに

2026年10月16日、株式会社日本経済新聞社は、システム開発に利用するクラウドサービスが不正アクセスを受け、同日時点で約183万件の個人情報が漏えいしたと発表しました。クラウドサービスにアクセスするための認証情報が何らかの手段で窃取され、10月7日の未明から朝にかけて不正アクセスを受けたといいます。日経は不正アクセスに使われた認証情報を無効にしました。

10月21日には、日経BPが、このうち約80万件が自社のサービスの利用者の情報だったと発表しました。テレビ東京とBSテレビ東京も、自社のサービスの利用者の情報が含まれている可能性があると公表しています。

KEYRINGでは、この事案を速報「株式会社日本経済新聞社、開発用クラウドの認証情報が盗まれ個人情報約183万件が漏えい」で取り上げました。このレポートでは、日経と日経BPの発表、テレビ東京の発表、個人情報保護委員会やJPCERT/CCの資料、報道をもとに、次の問いに答えます。

  • 何が、いつ、どの順番で起きたのか
  • 何が、どこまで漏れたのか。どの会社の利用者に及んだのか
  • 「認証情報の窃取」とは何で、何が公表されていないのか
  • 日経で続いた不正ログインと、同じ手口の過去の事故から何が分かるか
  • 企業は認証情報をどう管理すればよいのか
調査の方法と範囲

2026年10月26日までに公開された情報を対象にしました。件数は発表の表記どおり「約」を付けています。認証情報の種類や盗まれた経路など、日経が公表していないことは「公表されていない」と書き、推測では埋めていません。認証情報の管理の方法は、事業者の公式文書と公的機関の注意喚起をもとに一般論として整理しており、日経がどの対策をとっていたかを示すものではありません。

2不正アクセスから公表、続報までの経緯

不正アクセスは10月7日の未明から朝にかけて起き、日経は4日後の11日に個人情報保護委員会へ報告しました。公表は16日です。日経が不正アクセスにいつ気づいたかは公表されていません。公表の当日から、グループ各社の発表が続きました。

図表110月の経緯(日本時間)
  1. 10月4日
    社員アカウントへの不正ログイン2件を公表

    Microsoft 365のアカウントからなりすましメール約9000件が送られた件と、Google Workspaceのアカウントへの不正ログインで1646人分の情報が漏えいした疑いがある件。本件との関係は公表されていない。

    出典:日本経済新聞社(10月4日)
  2. 10月7日 未明〜朝
    開発用クラウドへの不正アクセス

    何らかの手段で窃取された認証情報で、システム開発に利用するクラウドサービスに不正にアクセスされ、クラウド上に保管していた個人情報が漏えいした。

    出典:日本経済新聞社(10月16日)
  3. 10月11日
    個人情報保護委員会へ報告

    侵害を受けた範囲や漏えいした個人情報の精査を続けた。

    出典:日本経済新聞社(10月16日)
  4. 10月16日
    約183万件の漏えいを公表

    氏名などを含む約15万件と、識別子のみの約168万件。二次被害やシステム停止、データ改ざんは16日時点で確認されていないとした。同じ日、テレビ東京とBSテレビ東京が、自社のサービスの利用者の情報も一部含まれている可能性があると発表した。

    出典:日本経済新聞社、テレビ東京(10月16日)
  5. 10月20日
    テレビ東京が対応状況を説明

    漏えいが確認された利用者には、10月21日以降、日経から順次個別に知らせが届く予定とした。問い合わせは日経が開設した専用窓口に一本化した。

    出典:山陽新聞デジタル(ORICON NEWS配信、10月20日)
  6. 10月21日
    日経BPが約80万件を公表

    183万件のうち約80万件が日経BPのサービスの利用者の情報だった。日経HRも、自社の顧客の情報の一部が含まれる可能性を発表した(報道による)。

    出典:日経BP(10月21日)、ITmedia NEWS(10月23日)
  7. 10月23日〜26日
    問い合わせフォームを一時変更

    プログラム言語「PHP」に深刻な脆弱性が見つかったことを受け、予防的な対応として問い合わせフォームを一時的に別のものに切り替えた。26日にメンテナンスを終え、通常のフォームでの受け付けを再開した。

    出典:日本経済新聞社(10月23日、26日追記)

10月26日時点で、日経から10月16日の発表に続く第2報は出ていません。16日の発表は「被害状況の把握や原因究明を急ぐ」としており、原因の詳細は調査中です。

3何が、どこまで漏れたのか

約183万件のうち、氏名などの個人を特定しやすい情報を含むのは約15万件です。残る約168万件は「単体では個人を特定できない識別子のみ」とされています。

図表2漏えいした約183万件の内訳
区分件数含まれる情報
氏名などを含む個人情報約15万件氏名、メールアドレス、住所、電話番号、生年月日のいずれか
うちメールアドレスを含むもの約12万件メールアドレス(ほかの項目を含むかは件ごとに異なる)
識別子のみ約168万件単体では個人を特定できない識別子
合計約183万件クレジットカード情報は含まない

出典:日本経済新聞社「不正アクセスによる個人情報漏洩について」(10月16日)。棒の長さは合計約183万件に対する割合で、編集部が計算した。「氏名等」は氏名・メールアドレス・住所・電話番号・生年月日のいずれかを含むもの

日経は「識別子」が具体的に何かを説明していません。一般に、会員番号や、サービスの内部で利用者を区別するための番号を指します。単体では個人を特定できなくても、同じ識別子を使う別のデータと突き合わせると、個人に結びつく場合があります。日経は、識別子のみの約168万件を個人情報として数えた理由を説明していません。

件数は「16日時点」のもので、日経は侵害を受けた範囲や漏えいした個人情報を精査しているとしています。今後の発表で件数が変わる可能性があります。

4グループ各社の利用者への影響

日経BPは、自社のサービスの利用者の情報が含まれていたと発表しました。テレビ東京・BSテレビ東京と日経HRも、自社の利用者の情報が含まれる可能性があると発表しています(日経HRは報道による)。

図表3利用者の情報が含まれる、または含まれる可能性があると発表した会社
会社発表日内容
日経BP10月21日約80万件が含まれていた。うち氏名などを含むのが約5万件、識別子のみが約75万件。クレジットカード情報は含まない
テレビ東京・BSテレビ東京10月16日、20日サービスの利用者の情報も一部含まれている可能性がある。問い合わせは日経の専用窓口に一本化
日経HR10月21日までに顧客の情報の一部が含まれている可能性がある(ITmedia NEWSの報道による)

出典:日経BP(10月21日)、テレビ東京(10月16日)、山陽新聞デジタル(ORICON NEWS配信、10月20日)、ITmedia NEWS(10月23日)。日経HRの発表文は編集部で確認できておらず、報道にもとづく

図表4日経が開発に使うクラウドと、利用者の情報が含まれる、または含まれる可能性があると発表した会社
日本経済新聞社 日経BP約80万件 テレ東・BSテレ東含まれる可能性 日経HR含まれる可能性(報道) 開発に使うクラウドサービス 事業者名は公表されていない 保管されていた個人情報 約183万件(10月16日時点) 第三者 窃取した認証情報で接続 10/7

日本経済新聞社、日経BP、テレビ東京の発表と報道をもとにKEYRING編集部が作成。各社の情報がどのような形で日経のクラウドに保管されていたかは公表されていない

日経BPの発表は、日経が16日に発表した漏えいに、日経BPの利用者の情報が約80万件「含まれている」としています。テレビ東京は、問い合わせを日経の専用窓口に一本化し、「正確かつ一貫したご案内を行うため」と説明しています。一般に、グループで共通の基盤を使う場合は、漏えいしたときの窓口と通知の流れも、グループで1本にまとめておく必要があります。

5認証情報があれば、クラウドには入れる

日経の発表の中心は「クラウドサービスにアクセスするための認証情報が何らかの手段で窃取された」という一文です。認証情報は、クラウドに「この利用者は正規の利用者だ」と示すための鍵です。鍵が本物であれば、クラウドの側からは、正規の利用者と第三者を見分けにくくなります。

クラウドサービスで使われる認証情報には、大きく分けて、人がログインするときに使うもの(IDとパスワード、多要素認証のコードなど)と、プログラムがクラウドの機能を呼び出すときに使うもの(アクセスキー、APIキー、トークンなど)があります。日経はどちらが盗まれたかを公表していません。

図表5認証情報が盗まれてから、データが持ち出されるまで
1 盗まれる 認証情報が窃取 「何らかの手段で」 経路・種類は非公表 2 入られる クラウドに接続 10月7日の 未明から朝にかけて 3 持ち出される 個人情報が漏えい クラウド上に保管 約183万件 4 止める 認証情報を無効化 無効にした日時は 公表されていない クラウドの側から見ると、2の接続は正規の鍵による接続に見える。気づく手がかりは、接続元・時間帯・取得したデータの量など

日本経済新聞社の発表(10月16日)をもとにKEYRING編集部が作成。下の注記は一般論で、日経がどのように不正アクセスを検知したかは公表されていない

この形の攻撃では、ソフトウェアの脆弱性がなくても侵入が成り立ちます。守る側にとっての論点は、鍵を盗まれないこと、盗まれても鍵だけでは入れないこと、入られてもすぐ気づいて鍵を止められること、の3つです。日経は鍵を無効にしたと発表していますが、いつ無効にしたか、不正アクセスにどう気づいたかは明らかにしていません。

開発用の環境と個人情報

漏えいしたのは「システム開発に利用するクラウドサービス」の上に保管されていた個人情報です。日経は、開発用のクラウドに利用者の個人情報を置いていた理由や、それが本番のデータの写しなのかどうかを公表していません。日経の開発環境の設定や運用についても公表されていません。個人情報保護委員会は10月7日の注意喚起で、不要になった個人データの消去を改めて求めています。

6分かっていること、分かっていないこと

10月26日時点で、日経の発表は10月16日の1本と、問い合わせフォームに関するお知らせです。原因の中心にあたる部分は、まだ公表されていません。

図表6公式発表で確認できる範囲(10月26日時点)
項目公表されていること
侵入の方法窃取された認証情報によるクラウドサービスへの不正アクセス
認証情報の種類公表されていない(IDとパスワードか、アクセスキーやトークンかなど)
認証情報が盗まれた経路公表されていない。「何らかの手段で」とだけ書かれている
多要素認証の有無公表されていない
クラウドサービスの事業者名公表されていない
不正アクセスの時間10月7日の未明から朝にかけて
検知した経緯と時刻公表されていない
漏えいした件数と内容図表2のとおり。16日時点の数で、精査を続けている
開発環境に個人情報があった理由公表されていない
二次被害16日時点で確認されていない。システム停止やデータ改ざんも確認されていない
10月4日公表の2件との関係公表されていない

出典:日本経済新聞社(10月4日、16日、23日)、日経BP(10月21日)

どの種類の認証情報が、どの経路で盗まれたかによって、再発を防ぐ対策は大きく変わります。社員のパソコンがウイルスに感染して保存されたパスワードが盗まれたのか、ソースコードや設定ファイルにアクセスキーが書かれていたのか、別のサービスの侵害で鍵が漏れたのか。どれも過去に例がある経路ですが、日経の事案がどれに当たるかは分かりません。

7同じ手口の過去の事故

盗まれた、あるいは漏れた認証情報が原因となった事案は、国内外で繰り返し起きています。公表された原因がはっきりしている2つの例を並べます。

図表7認証情報が原因となった過去の主な事案
事案認証情報がどう漏れたか何が起きたか
トヨタ自動車「T-Connect」(2022年10月公表)開発委託先が2017年12月、データサーバーへのアクセスキーを含むソースコードの一部を、誤って公開設定のままGitHubに上げた。2022年9月15日まで気づかれなかったメールアドレスとお客様管理番号 29万6019件が漏えいした可能性。第三者のアクセスは確認できないが否定もできないとした。9月17日にアクセスキーを変更
Snowflakeの顧客環境への攻撃(2024年)主に情報窃取型のマルウェアに感染した端末から盗まれた顧客の認証情報。2020年に盗まれたものもあり、何年も変更されずに有効なままだったMandiantによると、対応したすべての事案が盗まれた顧客の認証情報にさかのぼる。侵害されたアカウントには多要素認証が設定されていなかった
日本経済新聞社(2026年10月公表)「何らかの手段で窃取」。経路は公表されていない開発用クラウドから個人情報 約183万件が漏えい

出典:トヨタ自動車「お客様のメールアドレス等の漏洩可能性に関するお詫びとお知らせについて」(2022年10月7日)、Google Cloud(Mandiant)「UNC5537 Targets Snowflake Customer Instances for Data Theft and Extortion」(2024年)、日本経済新聞社(2026年10月16日)

トヨタの例は、プログラムが使う鍵(アクセスキー)がソースコードと一緒に外に出た例です。鍵は約4年9か月にわたって公開された状態でした。Snowflakeの例は、人が使うIDとパスワードが端末から盗まれ、多要素認証がないまま何年も使える状態にあった例です。どちらも、鍵が漏れたこと自体より、漏れた鍵が長く有効なままで、鍵だけで入れる状態だったことが問題でした。トヨタの件では、第三者のアクセスは確認されていません(否定もできないとしています)。

8認証情報をどう守るか

日経がどの認証情報を盗まれたかは公表されていないため、ここでは、クラウドを使う企業が一般に確かめるべき点を、人のログインとプログラムの鍵に分けて整理します。根拠には、クラウド事業者の公式文書と、国内の公的機関の注意喚起を使います。

図表8認証情報の種類ごとの、主な守り方
認証情報よくある漏れ方主な守り方
人のIDとパスワードフィッシング、情報窃取型マルウェア、他社からの漏えいの使い回し多要素認証。管理者や外部からの接続には、パスキーなどフィッシングに強い方式
ログイン後のセッション感染した端末からの抜き取り管理された端末からの接続に限る。セッションの有効期間を短くする
アクセスキー・APIキーソースコードや設定ファイルへの書き込み、公開リポジトリへの誤った公開長期の鍵を使わず一時的な認証情報に置き換える。シークレット管理の仕組みに保管する。プッシュ保護で公開を防ぐ
トークンアプリの解析、別のシステムの侵害有効期限を付ける。権限を最小にする。漏えいが疑われたらすぐ無効にできるようにする

出典:AWS「Security best practices in IAM」、GitHub Docs「プッシュ保護」、JPCERT/CC(10月8日公開、23日更新)、個人情報保護委員会の注意喚起(10月7日)、Mandiant(2024年)をもとにKEYRING編集部が整理

人のログイン:多要素認証と、フィッシングに強い方式

パスワードだけで入れるアカウントは、パスワードが漏れた時点で守れなくなります。Snowflakeの例では、侵害されたアカウントに多要素認証が設定されていませんでした。AWSは、IAMのベストプラクティスで、人の利用者にはフェデレーション(社内の認証基盤との連携)を通じた一時的な認証情報を使わせること、多要素認証を求めることを挙げています。

多要素認証にも強さの差があります。ワンタイムパスワードは、偽のサイトに入力させてその場で使う手口(リアルタイムフィッシング)で破られることがあります。パスキーは、端末の中の秘密鍵で署名する方式で、鍵はサイトのドメインに結びつくため、偽のサイトでは使えません。サーバーの側に盗まれて困る秘密を置かない点も特徴です。個人情報保護委員会の10月7日の注意喚起は、組織の外からのアクセスや管理者の権限でのアクセスに、フィッシングに強いものを含む多要素認証を入れる例を示しました。

ただし、パスキーを設定していても侵入された例があります。10月7日に報じられたネット広告会社の事案では、侵入の起点となったGoogleのアカウントに、複雑なパスワードに加えてパスキーとセキュリティキーによる2段階認証を設定していましたが、入られました。具体的な侵入経路や認証を突破された経緯は特定できていないとされています。ログインの方式を強くするだけでなく、端末の管理と、ログイン後の不審な操作の検知を組み合わせる必要があります。

プログラムの鍵:書かない、長く持たない、すぐ止められる

アクセスキーやAPIキー、トークンは、プログラムが人の代わりにクラウドを操作するための鍵です。人のログインと違って多要素認証をかけにくいため、鍵そのものの扱いが防御の中心になります。

図表9プログラムが使う鍵を管理する手順
  1. 洗い出すどこに、どの鍵があるかを一覧にする

    クラウドのアカウント、CI/CDの設定、ソースコード、共有フォルダーの設定ファイルを探し、有効な鍵と、その持ち主・権限・作成日を一覧にする。

  2. 書かないソースコードに鍵を書かず、公開を機械で止める

    鍵はシークレット管理の仕組みに置き、プログラムは実行時に取り出す。GitHubのプッシュ保護は、鍵などの秘密情報を含むプッシュを、リポジトリに届く前に止める。公開リポジトリへの誤った公開は、プッシュ保護で止められる種類の漏れ方だ。

  3. 短くする長期の鍵を、一時的な認証情報に置き換える

    AWSは、ワークロードにもIAMロールなどの一時的な認証情報を使うことを推奨している。JPCERT/CCも、APIトークンに適切な有効期限を設け、長期間有効なトークンを避けるよう求めている。

  4. 絞る鍵ごとの権限を、必要な範囲に限る

    1つの鍵で開発用の全データを読める状態を避ける。個人情報を置く場所には、別の鍵と別の権限を割り当てる。AWSは最小権限と、使われていない権限の定期的な削除を挙げている。

  5. 止める漏えいを疑ったら、すぐ無効にできるようにする

    誰が、どの手順で鍵を無効にし、作り直した鍵をどこに配るかを決めておく。JPCERT/CCは、不要になった、または漏えいが疑われるAPIトークンを速やかに無効化できるようにすることを求めている。

出典:AWS「Security best practices in IAM」、GitHub Docs「プッシュ保護」、JPCERT/CC「直近で相次いでいる国内組織における不正アクセスに関する注意喚起」をもとにKEYRING編集部が整理

開発の環境:本番の個人情報を持ち込まない

認証情報を守っても、鍵が漏れたときに届く先に個人情報がなければ、漏えいは起きません。開発や試験に本番のデータが必要な場合は、氏名やメールアドレスを置き換えたデータを使う、必要な期間が過ぎたら消す、といった運用が考えられます。個人情報保護委員会は10月7日の注意喚起で、不要になった個人データの消去を求め、クラウド上のデータを消すときは事業者が用意する方法や暗号化消去など、容易に復元できない手段をとる例を示しています。

9日経がこれまでに公表した不正ログイン

日経は、2025年11月から2026年10月までの約1年で、本件を含めて5件の不正ログインや不正アクセスを公表しています。いずれも、正規のアカウントや認証情報が第三者に使われた事案です。それぞれの関係は公表されていません。

図表10日本経済新聞社が公表した不正ログイン・不正アクセス(2025年11月〜2026年10月)
公表日狙われたもの原因として公表されたこと影響
2025年11月4日業務用チャット「Slack」社員の個人保有のパソコンがウイルスに感染し、Slackの認証情報が流出。その情報で社員のアカウントに不正にログインしたとみられる氏名、メールアドレス、チャット履歴など1万7368人分が流出した疑い
2026年5月7日米国子会社の社員の「Microsoft 365」外部から不正なログイン氏名、会社名、メールアドレスなど291人分が流出した疑い
2026年10月4日社員の「Google Workspace」7月下旬以降、外部から不正にログイン。8月上旬にGoogleからの通知で判明メールアドレスや氏名など1646人分が漏えいした疑い(速報)
2026年10月4日社員の「Microsoft 365」第三者が不正にログインしたとみられる9月30日になりすましメール約9000件を送信。送信先のアドレスや氏名、一部のメールの内容が漏えいしたとみられる
2026年10月16日開発用のクラウドサービス認証情報が何らかの手段で窃取され、不正アクセス個人情報 約183万件

出典:日本経済新聞社のお知らせ(2025年11月4日、2026年5月7日、10月4日の2件、10月16日)

2025年11月のSlackの件では、日経は原因を具体的に公表しました。社員が個人で持つパソコンがウイルスに感染し、そこからSlackの認証情報が流出した、という経路です。業務用のサービスの認証情報が、会社の管理の外にある端末に残ると、会社は感染に気づけません。

その後の4件では、侵入の経路は公表されていません。10月4日の2件は、いずれも第三者が正規のアカウントにログインした事案で、日経はパスワードを変更したと発表しています。

読むときの注意

5件はいずれも「認証情報を使われた」という点で共通しますが、対象のサービスも漏えいした情報の性質も異なります。日経は、これらが同じ攻撃者によるものか、同じ経路で認証情報が盗まれたものかを公表していません。

10法律が求める報告と、国の注意喚起

個人情報保護法は、不正アクセスなど不正の目的をもって行われたおそれがある漏えいや、本人の数が1,000人を超える漏えいが起きたとき、事業者に個人情報保護委員会への報告を義務づけています。報告は、発覚から速やかに(概ね3〜5日以内)出す速報と、30日以内(不正の目的のおそれがある場合は60日以内)の確報の2段階です。

図表11漏えい等報告の期限と、日経の対応
日経の動き 10/7 不正アクセス 10/11 委員会へ報告 10/16 公表 報告の目安(起点は発覚日) 速報:速やかに(概ね3〜5日) 確報:60日以内(不正の目的のおそれがある場合) 発覚日(日経は非公表のため、上の段と位置を合わせていない)

個人情報保護委員会「漏えい等の対応とお役立ち資料」、日本経済新聞社(10月16日)をもとにKEYRING編集部が作成。横軸の長さは日数に比例していない

日経は不正アクセスから4日後の10月11日に報告しています。報告の期限は「発覚日」から数えますが、日経が不正アクセスに気づいた日は公表されていません。

報道機関の個人情報と、報告の義務

個人情報保護法には、報道機関が報道の目的で取り扱う個人情報について、義務の適用を除く規定があります。日経自身、2025年11月のSlackの件の発表で「報道・著述目的の個人情報は漏洩時の報告義務などの個人情報保護法の適用を受けません」と書いたうえで、事案の重要性と透明性を考え、任意で報告したと説明しました。今回漏えいしたのは、日経やグループ各社のサービスの利用者の情報です。日経は今回の報告が義務によるものか任意かを書いていませんが、10月11日に報告したことは明記しています。

10月に相次いだ国の注意喚起

個人情報保護委員会は10月7日、相次ぐ漏えいを受けて「大規模な漏えい等事案を踏まえた対応について(注意喚起)」を公表しました。報道によると、2027年4月に見直す予定のガイドラインから対策例を先取りし、認証では、組織外のネットワークからのアクセス、管理者の権限でのアクセス、重要な個人データへのアクセスに、フィッシングに強いものを含む多要素認証を入れる例を示しました。アクセスのたびに場所や時間、端末の状態を評価して可否を決める仕組みや、許可した端末からだけ個人データに入れるようにする方法も挙げています。

10月8日にはJPCERT/CCが注意喚起を公開し、内閣官房国家サイバー統括室、総務省、IPAも注意喚起を出しました。総務省は、迅速な脆弱性対応、多要素認証などの認証の強化、漏えいした情報の悪用を防ぐ対策を、委託先も含めて徹底するよう求めています。JPCERT/CCの注意喚起は、別のシステムの侵害で盗んだAPIキーを使う手口も報告しています。

11利用者と企業が取るべき対応

日経は、漏えいが確認された人に個別に知らせるとしています。テレビ東京によると、通知は10月21日以降に日経から順次届く予定です。利用者が確かめることを、日経と各社の案内に一般的な備えを加えて整理します。

図表12日経やグループ各社のサービスの利用者が確かめる順番
  1. まず日経や関係会社を名乗るメールのリンクを開かない

    漏えいした約12万件はメールアドレスを含む。日経は10月4日の発表で、日経やグループ会社の関係者になりすましたメールが増える可能性があるとしていた。ログインは、メールのリンクからではなく公式のアプリやブックマークから行う。

  2. 次に個別の通知が届いているか確かめる

    問い合わせは日経の専用フォームで受け付けている。テレビ東京やBSテレビ東京のサービスの利用者も、同じ窓口に一本化されている。

  3. あわせてパスワードの使い回しをやめ、多要素認証を設定する

    日経が公表した漏えいの項目に、パスワードは挙げられていない。それでも、使い回しているパスワードを別々のものにし、多要素認証やパスキーが使えるサービスでは設定しておくと、今後の不正ログインを防ぎやすい(編集部の推奨)。

出典:日本経済新聞社(10月4日、16日)、テレビ東京の対応状況(山陽新聞デジタル、10月20日)。「編集部の推奨」とした項目は、日経の呼びかけではなくKEYRING編集部の整理

クラウドを使う企業が確かめること

開発部門
  • 開発・試験用のクラウドに、本番の個人情報の写しが残っていないか
  • ソースコード、CI/CDの設定、共有フォルダーに、アクセスキーやトークンが書かれていないか
  • 長期間有効な鍵を、一時的な認証情報に置き換えられるか
情報システム部門
  • クラウドの管理画面への人のログインに、フィッシングに強い多要素認証を求めているか
  • 業務用サービスに、私物の端末からログインできる状態になっていないか
  • 普段と違う接続元や時間帯、大量のデータの取得を検知して通知できるか
経営層
  • グループ各社の顧客情報が、どの会社のどの環境に置かれているかを把握しているか
  • グループで共通の基盤から漏れたとき、通知と窓口を誰がまとめるかを決めているか
  • 短い期間に複数の不正ログインがあったとき、認証情報が漏れた経路を全体で調べる体制があるか

企業向けの確認項目は、公開された情報と公的機関の注意喚起をもとにKEYRING編集部が整理したものです。関連する事案は、原因別の一覧「認証情報の漏れ」「不正アクセス」でも読めます。

12提言

今回の事案では、窃取された正規の認証情報でクラウドに入られ、開発用の環境に置かれていた個人情報が持ち出されました。日経BPの利用者の分が含まれていたほか、テレビ東京などもその可能性を発表しています。クラウドを使う企業に向けて、4つの提言をまとめます。

1鍵だけでは入れないようにする

人のログインには多要素認証を、管理者や外部からの接続にはパスキーなどフィッシングに強い方式を求める。Snowflakeの例では、多要素認証のないアカウントが入口になった。

2プログラムの鍵は、短く、狭く、すぐ止められるように持つ

長期のアクセスキーを一時的な認証情報に置き換え、権限を絞り、漏えいを疑ったらすぐ無効にできる手順を用意する。

3開発の環境に、本番の個人情報を置かない

鍵が漏れても、届く先に個人情報がなければ漏えいにはならない。置き換えたデータを使い、使い終えたら消す。

4続いた不正ログインは、漏れた経路を全体で調べる

短い期間に複数の不正ログインがあったときは、認証情報が漏れた経路を全体で調べる。経路が分かれば、同じ経路を使うほかのサービスもまとめて点検できる。

提言は、公開された情報をもとにKEYRING編集部が考えたものです。

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用語集

認証情報
システムに正規の利用者であることを示すための情報。IDとパスワード、アクセスキー、APIキー、トークンなど
アクセスキー
プログラムがクラウドの機能を呼び出すときに使う鍵。人のログインと違い、多要素認証をかけにくい
トークン
認証の結果として発行され、一定の期間、本人の代わりに使える文字列
識別子
サービスの中で利用者を区別するための番号など。本件では、日経は単体では個人を特定できないものとしている
多要素認証
パスワードに加えて、スマートフォンへの確認など別の要素も使ってログインする方式
パスキー
端末の中の秘密鍵と指紋や顔の認証でログインする方式。鍵がサイトに結びつくため、偽のサイトでは使えない
情報窃取型マルウェア
感染した端末から、保存されたパスワードやログイン中の情報を抜き取る不正なプログラム
シークレット管理
鍵やパスワードを、ソースコードとは別の安全な保管場所で管理し、必要なときだけ取り出す仕組み
プッシュ保護
GitHubの機能。鍵などの秘密情報を含む変更が、リポジトリに届く前に止める
漏えい等報告
個人情報保護法にもとづき、一定の漏えいが起きたときに事業者が個人情報保護委員会へ行う報告。速報と確報の2段階

参考文献

このレポートは2026年10月26日時点の公開情報にもとづきます。日本経済新聞社が新たな発表を出した場合は、内容を更新します。